鼓動 Seria〜セリア小説サイト〜
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Part1  ー恋かもー <1>
午後8時。デザイン会社アドユーのオフィス。
「腹減ったな」と社長の阿部修一。
「もう直ぐです。たぶん、後5分」とグラフィックデザイナーの中之島浅子。
 3月は決算の会社が多く駆け込みで仕事が山のように舞い込んでくるのだ。浅子が今担当しているのは地方銀行のリーフレット。パソコンで色の組み合わせを考えているのだが、空腹が邪魔をして前に進まなかった。
 そこへタイミング良く「ちわー。桃谷楼っす」と中華屋の出前が。
 今、仕事を円滑に行うにはまず皆の食欲を満たすことだった。
「ご苦労様〜」浅子は会社の財布から3千円を取り出し支払いをした。
「まいどー」と、受け取ったお金をしまい出前のお兄さんは帰っていった。
「はーい、皆さん。お待ちかねの夕飯が来ましたよー」浅子は3人分のお茶を入れて応接セットのテーブルにお膳とお茶を並べた。
「あ〜あ、今日も侘しく中華屋の定食か・・たまには呑みに行きてーな」そうぼやいたのはチーフデザイナーの梅田だ。
「分かっとる。分かっとる。3月の山を越えたらナンボでも呑みに連れってたる」と社長。
 呑みに行かなくてもいいから、たまには自宅で母のご飯が食べたいと思う浅子。
 彼氏無し、性欲より食欲の浅子の3月は仕事三昧で過ぎて行くのだった。
   
 4月初旬。桜が8部咲きで通勤電車の窓の外の風景を浅子は楽しんでいた。最寄の駅から40分、混んでいる電車を避けて普通に乗って通勤している。
 通勤電車は同じ車両に良く同じ顔ぶれが乗っている。
 浅子はMDで音楽を聞きながら時々車内を見渡す。
 スーツ姿で鞄を抱きしめて寝ているおじさん、器用にマスカラを塗る女の子、デザイン雑誌をいつも真剣に読んでいる男の人が目に留まる。観察していると時々中指で眼鏡の位置を直す。浅子は心の中で『やっぱ、同業者よね』と呟くのだった。
 地下鉄に乗り換え下車して徒歩10分、午前9時前に事務所に入り簡単に拭き掃除を済ませ、コーヒーメーカーをセットしているとタイミング良く社長とチーフが一緒に出勤してくる。
「おはよう浅ちゃん。今日は花見に行くで」と社長は徐に行った。
「きょ・・今日ですか?又いきなりですね・・」浅子はコーヒー豆を入れる手を止めた。
「いや〜昨日なTODAYの長居さんと会ってな、宴会の用意してるから来いって言われたんや」TODAYとは同系のデザイン会社で長居はそこの社長である。社長同士は昔から仲が良いがそこの会社の人たちと会うのは初めてだ。
 宴会が有る日は心なしか社長とチーフの仕事のペースがアップする気がする。パソコン越しに2人を見てそう思う浅子であった。

 午後7時。クライアントへの納品を済ませ事務所に戻った浅子は社長が運転するボルボの助手席に乗ってお花見の場所へと向った。
「浅ちゃんはあそこの連中に会うの初めてやったな」
「そうですね。長居さんにはお会いしたこと有りますけど」
「あそこはムサくて軟派な男ばっかりや。口説かれんように気つけや」真顔で社長がそう言うと
「ははは。はい」と笑いながら浅子は答えた。
大凡そんなことはあり得ないと浅子は思いながらぼんやり窓の外を眺めた。

 お花見の場所はTODAYの事務所が入っているビルの直ぐそばだった。オフィス街のど真ん中に大きな公園が在り、月明かりの下でキレイな薄いピンク色の桜の花びらがちらちらと舞っているのが神秘的に思えた。
 社長は公園の駐車場に車を停めるとさっさと歩き始めた。桜に見とれていて置いて行かれそうになった浅子は小走りで社長に付いて行った。
 一際大きな桜の木の下から賑やかな声が聞こえてきた。チーフは既に飲み始めているようだ。社長と浅子の姿を目にした若い男の子が飛んできた。
「お待ちしてました。どうぞこちらへ」若い男の子は社長の長居の所まで案内した。
 木のテーブルが4卓ほど作り付けで有るスペースが宴会場所だった。
「おう!しゅーちゃん遅かったな。待ってたで」 髪の毛が少し後退している長居は額まで真っ赤になっていた。
「すんません。道込んでたから」社長が軽い言い訳をした。
「浅子ちゃんもよう来たな」と長居は浅子の手を握りながら言うと、浅子はさり気なく手を引っ込めた。
『一番危ないのは社長の長居さんじゃないの』と心の中で呟き
「どうも。ご無沙汰してます」ぺこっと頭を下げ挨拶をした。
「うちの若い衆を紹介するわ。おーい、中津―」長居が大きな声で呼ぶと柄の大きな男の人がやって来た。
「うちのチーフの中津や。中津、こっちはしゅーちゃんとこの浅子ちゃんや。べっぴんさんやろ」長居がそう紹介すると中津さんはとても優しい笑顔で
「本当ですね。始めまして中津です。よろしくお願いします」と挨拶した。
 落ち着きがあり礼儀正しい人だと浅子は感じた。
「中之島浅子です。こちらこそ宜しくお願いします」そう挨拶すると
「あれー中之島さん〜!」と、見覚えのある一人の男が駆け寄ってきた。
「あっ、安孫子君!?」浅子の同級生が偶然居たのだ。
「なんや、我孫子知り合いか?」
「はい、大学の時」と二人の声が重なった。
「おいおい、我孫子。俺にも紹介してくれよ。」もう一人男の人が割って入ってきた。
「あっ、江坂さん。僕のタメです。中之島浅子さん」
「どうも、江坂ですよろしく」背が高く眼鏡が似合うきれいな顔の男の人・・・どこかで見たことがあるけど思い出せない。
「こちらこそ」と挨拶をする浅子。社長の言ったとおり男の人ばかりだ。しかも揃いも揃って背が高く見下ろされてしまった。
 
 空を少し見上げると桜の枝の間から月が覗いている。ほろ酔い気分でビールを片手に見惚れていると江坂の言葉で現実に引き戻された。 「我孫子と同じ学校ってことは甲南美大だよね。何を専攻してたの?」
「えっ、はい、イラストレーションです」
「じゃあ、今はイラスト書いてるの?」中津に聞かれ浅子は
「いえ、本当はイラストの仕事がしたかったんですけど・・・今は企業のリーフレットやパンフレットのデザインが主です」浅子にとっては痛い話題だった。
 そこへタイミング良く
「酒が足らへんかも知れんなぁ。誰か調達してくれへんか」と長居が言うと
「ああ、僕行きますよ。酔い覚ましに。中之島さんも付き合ってくれない?」と江坂が言い出した。
「あかんで。浅子ちゃんはお客さんや」と、長居は止めるが
「いいですよ。私、付き合います。」そう言って浅子は立ち上がった。

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