パリッシュ・ブルー Seria〜セリア小説サイト〜
第1章 <1>
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第2章 <2>
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第3章 <3>
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第4章 <4> <5>
 
 
 
 
 
 
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第1章 <1>
 あいつに会ったのは元彼女に呼び出された合コンだった。
「まだ彼女いないんでしょ?紹介してあげるからさ」
 気が乗らないまま約束の時間に店へ行くと、元彼女は先に一人の男と連れ添って来ていた。
 彼女は男の腕を離し、俺の傍に駆け寄って耳打ちする。
「彼が今狙っている男。誰も目をつけない様、ほかの女の子の相手は任せたわよ」
 そういうことか。俺は彼女の次の男が、他の女に取られるのを防ぐ役に呼ばれたのだ。
「冬樹はさ、見てくれは良いし話もきちんとしてくれるけど、何か冷めていてイヤミなところがあるのよね。真冬の月みたい。それを直さないと彼女も出来ないわよ」
 余計なお世話だ。次の男を元彼氏に紹介する方が、余程クールでイヤミではないのか。
 不機嫌に顔をしかめた俺は、ふいにその次の男と目があった。少し悪意をこめて睨むと、男は微笑んだ。
 瞬間、俺はマヌケな顔をした違いない。男に笑いかける男とはどんな男なのか?第一印象は軽そうな男。合コンには必ずいる、もてないお調子者のタイプだ。しかしそれが爽やかな男前で話術も巧みであれば、事情は少し違ってくる。そんな男を女がほっておくわけが無いのだ。


 じきに男女十二人のメンバーが揃い、座が和んでくると、その軽そうな男が男組の中心人物で、大学の友人同士ということが分かった。俺は大学も違うし彼らとの繋がりもない男組の中で完全に浮いていたが、今さら帰ることも出来ず、馬鹿親切に自分の役どころを努めていた。
 そしてそのうち、 その軽そうな男の話題に話が移ると、 女達は興味深く聞き、座はなぜか一段と盛り上がった。
「柊を人ごみで見つけるのは簡単だよ。歩き方が人を物語るというか、歩き方が人生、って感じなんだよな。学生の時から女に対してもそう。地に足が着いてないんだ」
 いつもスキップをしているように、軽やかに歩く。そう誰かが表現した。
 かなりの、今はこういう男をなんと呼ぶのか?女ったらし。俺には「軽薄なたらし男」というイメージが定着しはじめたが、柊という男は「たらし」だけはあって話術に長けていた。言いたい放題の友人を前に、屈託の無い笑顔で鋭い反論をする。女も男もその話術に巻かれて絶えず笑っていた。
 頭の回転が速いのだ。でもだからといって利口だとは限らない。顔も頭も良い面白い男など胡散臭いだけだ。だが俺が柊に興味を示したのは、劇団とういう言葉が出たからだった。趣味で劇団を主宰していて、脚本と演出と役者をこなし授業が終わると稽古に明け暮れるのだと言う。意外だった。俺は元彼女には内緒だったが、こっそり趣味で下手な漫画を描いていたので、脚本を書くと言う柊に思いがけなく興味をひかれ、第一印象のことも忘れて、次の公演はいつだと尋ねた。
 柊はじゃあ当日清算券を渡すから良かったらみんなも観に来て、と愛想良くまるでそれを待っていたかのようなタイミングで当日精算券を出して配った。招待券では無いところがちゃっかりしていた。素人劇団とは、そんなものなのかも知れないが。その時まだ柊は、俺の中で別に何の意味も持たない、ただの女癖の悪いお調子もので、芝居の脚本を書く変な男だった。


 柊から電話があったのはあの合コンの後日、柊の劇団の芝居を見に行った三日後だった。
 元彼女に番号を聞いたのだという。女にかけるなら判るが何故男だと、かなり不可解に思ったが、柊はなぜか俺が気になるようだった。
 それからだった。柊との付き合いが始まったのは。
 率直に恥かしげもなくいうなら、俺は柊に恋をしていた。別にゲイでも両刀でも無かったが、柊との関係を表現するなら知人でもなく友人でもなく、まして恋人でもなくそれは「恋」そのものだった。
 もちろん柊にはそんなことは言ってはいないし、まさか俺がそんなふうに思っているとは知るはずも無い。ただ俺がそう思うようになったのには、きっかけがあった。

 俺は柊の芝居を見て以来、憑き物がついたように毎回公演を欠かさず見に行き、柊に誘われるまま劇団の打ち上げに参加し、彼らが恒例でやるクリスマスのイベントや宴会にも参加して劇団員とも親しくなった。柊に漫画を描く事を打ち明けると、チラシ作成の手伝いも頼まれた。下手だから、という俺に柊はイメージの問題だ、と励まして描かせた。柊は俺が柊の芝居の為に描いたその絵を気に入ってくれ、大げさに誉めた。チラシの宣伝美術に俺の名が印刷された時は酷く照れたものだった。
 俺たちは深夜に及ぶ宴会で、みんなが潰れてしまうと時々二人で抜け出し、街中のBARに出かけた。柊は色々な店を知っていて、いつも俺は感心した。俺は大学生にもなって洒落た店も遊びも知らない、普通以下オタク未満のつまらない男だったが、その白黒で乏しい色使いの俺の世界が、見る見るうちに彩色を放った。柊が俺の手を引いて通る道は、鮮やかな色で次々と彩色されていった。


「女を口説くのなら秘密クラブのような、洒落た店へ連れて行け」
 柊はいつも新しい店を教えてはそう言った。柊との会話はいつも楽しく、相手が女でも男でも、屈託無く笑う、誰が見ても感じのいい男だった。整った顔に、少年のような身軽さと愛嬌。俺も顔のことでは多少評価は良かったが、いつも表情が冷たいと敬遠された。俺が裏なら柊は表。もっと陳腐な言い方をするなら月と太陽だった。きっとアンバランスなコンビであったに違いない。
 柊はどんな人をも惹きつける、天性の魅力を持っていた。
 そして会うたび語られる、いくつものドラマのような柊の恋の話や、芝居に寄せる情熱、物語を創造する素晴らしさのこと、俺たちは時間も忘れて時には批判し、励まし、語りあった。
 大抵は朝になると口論した内容を忘れていたので、次の時にも同じ話題で延々と喋っていることができた。酔っ払いは偉大だ。俺が柊に惹かれる理由は、ものを創作する想いと意欲。
 そして俺たちが非常に近い魂の持ち主だということだと、柊がどう思っているにしろ、俺は信じていた。その「きっかけ」がやってくる瞬間まで。


 その日は午前三時をまわり、閉店を過ぎて追い出された俺たちは、月灯かりの下、酷く酔っていた。
 柊はガードレールをひらりと簡単に越え車道に踊り出た。車はほとんど通っていない。柊は小柄な方では無いのに、いつも身のこなしが軽やかだった。スキップの人生、と誰かが言っていたのを思い出す。
 お前も来い、と柊が手招きをする。俺は酔いが足に来ていて、なかなかレールが越えられなかった。
 柊は仕方ねぇなと口ごもり近づくと、俺の脇の下に腕を回して抱き抱え、よいしょ、と俺の体を持ち上げた。俺はガードレールを超えて車道に出た。
 一瞬だった。月の光と酒の魔力を借りて、ふわりと持ち上がったような気がした。
 俺は呆けたようにその柊の行為を反芻し、喉が乾いて熱くなるのを感じた。酔いは急激に上昇した。やっと正気に戻って大の男を持ち上げたりするなと、しどろもどろで抗議したが、柊は笑いながら言った。
「意外と細腰。でもやっぱり男は重いな」

 俺は不覚にも、その眩しいほどの微笑みに言葉を失う。
 月の魔術だと思った。
 1、2、3。
 俺はその瞬間、恋におちた。

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