Can't Take My Eyes Off You Seria〜セリア小説サイト〜
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STAGE1 <1>
 深夜01時30分。
 オールディーズ・ライブハウス「シックスティーズ」
 最後のステージが終わり、高揚した客が大勢出て行く。

 OLの美紀と咲子は、頬を高揚させながら店を後にした。
「ア〜!今日のステージも良かったですね〜。セブン・レイジィロード最ッ高♪」
 目を閉じて美紀の後輩である咲子が、店のハウスバンドの名前をうっとりしながら言った。
「うんうん!今日もセクスィ〜だったね。ナルセってば。」
 美紀も負けずに興奮してお目当てのナルセのことを一気に喋り続ける。
「あの儚げな鎖骨が見える胸元と、何処見てんのかわからない強面サングラス、前髪が少し額に色っぽくかかってる長めリーゼント。いつ見ても萌えるぜナルセ!受と攻、両方できそうよね彼って」
「いやだわ 美紀ねーさんったら腐女子ッ」
「いやん、咲子さんも相当好きなくせにッ♪想像するのは自由です〜」
 いつもライブ後は盛り上がる二人の間では、特殊な単語を並べて会話するのが常になっていた。
 腐女子とは、格好のいい男の二人連れを見ればすぐホモカップルだと思い込み、色々ありもしないことを妄想してしまう女のことで、ある種の特定な女たちの持病みたいなものだ。
 それは同じ特性を持った女たちにはすぐ感染して広がっていく。咲子は美紀から感染してもう長い。
 腐女子の美紀と咲子は男を見ればすぐに受と攻の分類に分けたがる習性を持っていた。
 受は「される側」で、攻は「する側」だ。勿論セックスにおいての役割のことだ。
 そんな二人にとってハウスバンドのリーダー、ヴォーカルのナルセは、二人の妄想の対象には最高の人物だった。
 美形でセクシーで、ちょっとそそる。女も男もいけそうな魅力がある。
 普通の女ならそんな人物と恋でもできればと思うだろう。
 でもナルセの相手は自分達以外の人物で、それも男とくっつけることに二人は夢中だ。
 同じバンドのファンでもそこがちょっと他のファンとは違う、と美紀は思っている。
「けどさ…気がついてた?」
 美紀は意味ありげな視線を向けて、一呼吸おくと咲子に問うた。
「もち。美紀ねーさんも気がついてましたか?」
「あんなにはっきりしてたら、普通気付くでしょう。いつもと違うもん」
「ですよ、ねー」
 お互いに悪戯っぽく見詰め合うと、意味深に頷きあう。
「でもあのムードもたまんないよねぇ。一触即発ってやつ?」と美紀。
「絶対何かあったんじゃないですか?バンド内で。豪ちゃんがすっごい不機嫌だったですね」
「咥えタバコしてたもんギター弾きながら。火はついてなかったけど、でも私的にはそれってあり」
 美紀は人差し指を顎に添え、上を向いて空想するような表情で、不機嫌な荒野のようなギタリストを思いながら頷く。
「ありですかぁ?今日、いつもみたいに豪が端っこから前に移動する時、眉間にシワ寄せてナルセの横に出てきてさ、そしたらナルセは一歩場所下がって、豪はいつものオネスティ、歌ったじゃないですかぁ?いつもの場景ってやつ」
 咲子は今日のステージの一場面一場面を丁寧に思い出すように解説しながら、美紀に確認する。
「うん。その時、チラって見たよねナルセ?見たよね豪のこと?」
 美紀はその場面のことを嬉しそうに、本当に嬉しそうにしながら咲子に同意を求めてくる。
「んーサングラスかけてるから、わかんないけど。そういう空気はあったかな?」
「何処見てたかわかんないけど、一瞬は見てたと思うよ。イヤむしろ見てて欲しい。
 ちらって、豪のこと、見て欲しいの〜!!」
 現実でも妄想でも、己の希望に悶える美紀を、咲子は半分呆れながらも同胞の暖かな目で見つめた。
 美紀は生粋の豪とナルセをカップルにしたい派なのだ。
「思い込み妄想炸裂ですな。ところで美紀さんズ豪ちゃんは攻、でいいんですよね?」
「豪は攻…かな。オネスティ歌う豪、カッコイイのよね〜。もう惚れ惚れさ。 真摯で辛辣、でも突き放したようで切ないくらい求めてる切実な何かが伝わるよね〜。」
 うっとりと豪のことを話す美紀は、もしかすると豪の方がナルセよりも好きなのかも知れないと咲子は思う。
「今日も歌い終わったら急激に温度下がってまっすぐ元位置戻ってさ。いつもみたいにペットボトルから水、 苦々しそうに飲んでたのよ。でもね。その時に舌打ちしてたのよ!何か思いつめてる感じだったのよ! あのうざったそうな仕草が、ああもう、たまらなかったわ!」
 美紀の妄想は、脳内で「ピンクの船」を漕ぎ出しているらしい、と咲子は冷静に観察する。
 ピンクの船。それはインターネットの掲示版で、同じ腐女子仲間が書き込んだ迷言だった。
 いったんピンク色した妄想の海に、ピンクの船を漕ぎ出すとなかなか岸には戻れない。
「一体、何が気に入らないの?!何があったの?!って押し倒して問い詰めたい衝動が!」
「どうどう。相変わらずマニアックですねぇ美紀さんてば。豪ちゃんなんか押し倒してどうするの。 声の調子が悪かったって思うのが普通なんじゃないですか?けど確かにいつもより不機嫌度数は高かったですけどね。 微妙に常連客が不穏空気読む位には。でも、私は豪ちゃんじゃあ、ナルセの相手には萌えないな」
 咲子は美紀と違い、どちらかといえば豪はカップルの好みからは、対象外で眼中になかった。
「え!なぁんでよ?豪、カッコイイじゃん!あのワイルドさがたまんないじゃん。  男前じゃないけど、イマニくらいだけど、見方によればイカスじゃん。それにさ、無口なとこは受っぽいよ?それならどう?」
 咲子は美紀の思い描く受であるキャラクターへの見解が、ちょっと自分のそれとは違うことに以前から気がついていた。
 最近同胞だと思っていた腐女子たちの妄想の道は、密かに分散しつつあるのだ。
 端からみれば、それ自体がマニアックだと思われるジャンルの中にも、さらなるマニアックは存在する。
 このカップリングが王道とか邪道とか、殆ど誰も通らぬイバラ道とか。咲子はイバラの道は歩けない。
「ぴぇ!豪ちゃん受?!はんたーい!受キャラならいいって問題じゃないですから!豪ちゃん美形じゃないしダメです。 まぁ見れないほど不細工じゃないけど…でもちょっとだけナルセより背低いし、筋肉質だし、野生的だし、ごついし、 いつも顔コワイし、あんなゴリラみたいな受キャラ、いやだぁー」
 咲子は受キャラはいつだってカッコイイ美青年がいいと思っていた。そう例えばリンのような。
 バンドのムードメーカー的存在、ドラムのリンが受。誰がみてもリンは、爽やかでカッコイイ。
 咲子は、それこそが真の王道だと思っている。
 豪が攻キャラならまだいいが、受だなんてとんでもないことだ。
 イバラもイバラ過ぎて傷だらけで負傷してしまう。美紀の趣味には到底ついては行けない。
「アンタ。随分言ってくれるわねぇ。私の豪はゴリラほど酷くありません! でも女みたいなナヨナヨ受より、ごついゴリ受ってそれなり需要あるよー?」
「ぎょへっ。やだやだ!私はゴリラ受は、許せませぇんっ!つまんなくてもセクシー美形とカッコイイ美形の、 ビジュアル系カプでいいの。マニアなイバラ道は、一切ご遠慮させていただきます」
「遠慮深いのね。ところで何の話をしてるのよ、我々は?」
 後輩の咲子は妄想友達としては最高なのだが、人の話をどこまでも転がして、いつまでも妄想から抜け出せないという点が、いけない、と美紀は常々思っていた。
「いや。豪ちゃんがとにかく、不機嫌だったってことでしょう?たいてい不機嫌そうだけど、今日はスペシャル不機嫌だったって話です。元は」
 やっと話が軌道修正される。いつも話が転がると腐女子は元に戻ることが大変に難しいのだ。
「ソレっていつものことだけど、普通の不機嫌とそうじゃないのと微妙に違いが解るようになったっていうのは、何か嬉しいな。ファンとして」
 美紀は毎日のように通っているファンであり、店の常連であることが、少し自慢だと思っていた。
「オタク的妄想煩悩アンテナが、発達してるだけって気もしますけどぉ」
「いいじゃないの。それでマイ・ライフは誰よりも楽しいよ。些細な妄想で楽しみを得て、お手軽。真実なんざ、どうでもいいのだ」
 美紀は現実にそんな妄想ごとがあるとは本気で思ってはいない。
 バンドの彼らがデキている、などとは所詮ありえない会話のお遊びだ。
 だけどそれが面白いし、日々ストレスな会社生活の潤いと癒やしにもなった。
「それは言えてる。じゃあね、あたしはリンとナルセがいいな」
「ドラムのリン?程々に逞しくて面白くて爽やかな男前か。王道選ぶわね。 確かにナルセとあの二人は絵になるし、意味ありげにいつも仲良いけどね」
 咲子はいつでも王道だ。そこが少しつまらない、と美紀は寂しく思うことがある。
「うん。私は今日のリン見てたんですけど、ナルセと豪ちゃんの不穏空気にすごく気を遣ってた感じだった。いつもより多くナルセと見つめ合ってたし」
「何が見つめあってたよ。あんたも妄想炸裂じゃん」
「そんなことないもん。事実だもん!リンはナルセが好きなんだもん!絶対だもん!」
 そんなことで剥きになる咲子が、ちょっと可愛いと美紀は思う。
「ハイハイ。しかし本当に何かバンド内であったのかな。私って他の女メンバー、一切見てないからそういうとこ鈍くてダメだね」
「女は見ないでしょ。ジュウリの歌は好きだけど、女はどうでもいいです」
 正論だと美紀は思う。だって女が素敵な男を眺めること事態は、普通のことなのだ。
「まあね。私達ノーマルだから、男を見てて楽しむのは正解よね」
「煩悩入りだけどね」
 咲子がぺろりと舌を出す。美紀はそれをきっかけに、妄想会話をお開きにもっていく。
 もう日付が変わっているのだ。いつまでも夜の街を女二人で歩くのは危険だ。
「来週の展開に期待しませう!さ、タクシー拾うわよ!」
「はぁい。でもでも美紀さんって、本気で豪ちゃん受でもいいのー?ねぇってば」
「もーいいじゃん、そんなのどっちでも。私は二人がデキテルと思うだけで萌えなの!」
「イヤ、豪ちゃんに限っては受攻どっちでも、よくはないと思うよ!」
 意外としつこい咲子は、タクシーを捕まえた後も納得できないという顔で、リンとナルセのありもしない妄想話を創作しだした。
 美紀は苦笑しながらもただの想像だけの、こんな会話は楽しいな、と心から思う。

 でも。
 もしも。
 でも、もしもナルセが。
 ナルセが本当にゲイだとしたら、きっとナルセに本気で惚れている沢山の普通の女ファンは泣くだろう。
 リンだって、ものすごく女性に人気が高い。
 リンには女の噂がいつだってあったが、ナルセと仲がいいので、ちょっと怪しい噂も無いわけではなかった。
 ナルセとリンが寄り添うと、黄色い声が上がることもある。
(女は、好きな男を女に盗られるよりは、男に盗られた方がいいのかもしれない?)
 豪だってナルセのような花やリンのような爽やかさはないが、その荒野のような孤独な印象に、
 少数ながら女性も、スキルの点では男性からも、密かな人気があるのだ。
 だから。
 自分たちだって、もし本当に彼らが「そういう人」だったら、嬉しいような、ショックなような、
複雑な微妙な気持ちになるような気がする。
 ゲイだというのは、所詮妄想に過ぎないから楽しいのだ。そうに決まっている。
 でも。
 美紀は眠い目を擦りながら、その矛盾と期待の複雑さを思い、 いつの間にか内容が変わってエスカレートしていく咲子の「萌えの王道論」を思考のBGMに聴いていた。
「やっぱ、突っ込まれる役は、セクシーな美形でないとね!」
 咲子は興奮すると周りが見えない性質だ。苦笑するしかない。
 黙っているタクシーの運転手は無表情だが、きっと嫌な客を乗せたと思っているに違いない。
 夜中の客は、たいていどこか他所の世界の人だ。運転手もそれは心得ているらしい。
 美紀はチラリと運転手の横顔を見る。
 タクシーには珍しく、案外若くて美形な運転手だ。
 残念ながら咲子は妄想話に夢中で、気がついてはいないようだった。

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